安永九年の青ヶ島の火穴と熱湯
どんな伝承か
第一回の噴出は安永九年、薩摩の桜島が爆発した次の年の六月であった。十八日から二十三日まで六日の間、昼夜休みもなく地震があり、二十六日の夕方から降り出した雨が大降りとなった翌二十七日の朝、不意に池ノ丸橋という処に火穴があいて夥しい湯が湧き始め、一日のうちに池の水位が六寸余り高くなった。穴は次第に数を増して池の周囲を浸水し、大池と小池は七月十五日にはもう一続きになった。水は追々熱くなって手も差し入れられなくなり、小池入という神土の大木も根株を熱湯に浸されて悉く立ち枯れとなった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。