青ヶ島大噴火と八丈避難
どんな伝承か
文政十年の夏に近藤富蔵が八丈島へ流されてきたころ、島には青ヶ島から命からがら逃れてきた人々の子孫が大勢暮らしていた。その四十三年前、八丈のはるか東南に孤立する小さな島の住民は、大噴火に襲われて一度は島を丸ごと捨て、八丈へ避難したのである。それから八、九年の後、彼らは並はずれた勇気を奮って故郷の島へ還っていった。復興の主任を務めた者やその手伝いをした者がまだ大勢生きていたので、好古の性のある富蔵は彼らの身の上話を書き集めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。