山姥の三子征伐と秋葉山逃避
どんな伝承か
遠江国風土記伝によれば、山姥の三人の子はある時里へ下りて民家の子どもを害したため、平賀中務と矢部後藤左衛門の二人が朝廷の命を受けてこれを征伐し、その子孫はついに土着して奥山に住んだという。母の山姥はその後秋葉山に逃れて住み、遺跡はその地に残っているが、のちの世まで毎年子生たわの岩の上で山姥を祀った。山香の相月という村にも山姥の社がある。柳田は、気田・大井・気多・天竜の谷々では山男の大きな足跡の噂が絶えたことがないが、それが白髪童子ら三兄弟の末裔かどうかは信仰以外に決めようがないと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。