弁慶が力餅を食べたという淀橋の菓子屋
どんな伝承か
淀橋と、そのすぐ上流で用水が分かれた先に架かっていた小淀橋とのあいだには、かつて一軒の菓子屋があった。武蔵坊弁慶がこの店で力餅を食べたと言い伝えられ、店には運慶の作とされる弁慶の木像も祀られていたという。小淀橋は大正五年の道路拡張で用水とともに姿を消し、著者が訪ねたころには、その店も木像もすでに見られなくなっていた。
原典より
この淀橋と小淀橋との中間に在った菓子屋は、嘗て武蔵坊辨慶が力餅を喰つた處だと云い、其店には運慶の作だとゆう辨慶の木像を祭てもゐたが、今は店謠共に見えなくなつて終った。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。