弁慶が銀三貫で詫びた桜
どんな伝承か
真人山から吉野へ通じる古道が今も残っており、このあたりは昔から桜の神域であったという。加賀の国安宅の関を逃れ、鳥海・由利の山越えをして平泉へ向かう義経主従が、この古道にさしかかったときのことである。武蔵坊弁慶が桜の枝を手折ったところ、それが桜の神霊のとがめるところとなった。一行は三貫の銀を払って許しを乞い、ようやく通行させてもらったと伝えられている。その由来から、この桜は三貫桜と呼ばれるようになった。
原典より
真人山から吉野に通ずる古道が今も残っているが、このあたりは昔から桜の神域であったという。—— 日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第2巻』所収の「文化叙事伝説」64話(岩手・宮城・秋田)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。