弁慶岬に残るわらじの足跡
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どんな伝承か
兄頼朝の軍勢に追われた源義経の主従は、奥州平泉を脱して蝦夷地へ渡り、しばらく今の寿都町の弁慶岬あたりに留まって岩内方面の様子をうかがっていた。一行にいた武蔵坊弁慶は退屈しのぎに土地のアイヌを集めて角力を取った。岩を投げて力自慢をする者を見ると、これしきの岩でと笑い、近くの大岩を軽々と持ち上げて太い足で四股を踏んだ。その力に足元の岩がめり込み、今もわらじ履きの足跡が残るという。やがて一行は寿都・歌棄・磯谷と過ぎ、尻別川を丸木舟で渡って雷電の峻嶺に入った。岩内のあたりで休むとき、弁慶は大刀を土や草に置くまいと大岩をひねって刀掛けを作り、それを弁慶の刀掛岩と呼ぶのだと土地の老女が語った。
原典より
昔々、源義経九郎判官の主従一行は、兄頼朝の軍勢に追われ、奥州の平泉より密かに脱出し、遙々北の果て、蝦夷地へと渡って来ました。—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第1巻』所収の「文化叙事伝説」48話(北海道・青森)を収める。各話は伝承地を市町村〜字レベルまで明記し、例話・類話・文献を備える。
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寿都町の伝承
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