粕壁の最勝院
どんな伝承か
埼玉県春日部市の粕壁にある最勝院は、慈恩寺から分離して開かれたと伝わる古刹で、南朝の忠臣・春日部治部少輔重行の墓所としても知られる。徳川将軍家からも寺領の朱印を受けるなど隆盛を極めたが、明治三十二年、頽勢を挽回しきれぬまま放火に遭い、伽藍の大半を焼失した。この受難を乗り越え、堂宇を再建して今日に法灯を伝えたのは、時の住職・鷲尾諦仁の功であったという。
原典より
一説には、人皇五十代、桓武天皇の延暦二十三年(皇紀一四六四年)八月に遣唐使に従つて唐へ渡り、次帝平城天皇の大同元年(皇紀一四六六年)十月に歸朝して我國に眞言宗を弘めた僧空海(弘法大師)の草創とも云い、又一説には、その空海…—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))