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井を教えて向ヶ岡へ去った老翁

所在地埼玉県所沢市北野向ヶ岡(日本武尊の御手洗井)
年代景行天皇四十年(皇紀770年)
登場日本武尊、里人、伝説の主人公・遠征した皇子
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

日本武尊が蝦夷征伐の途次、武蔵国へ軍を進めて北野のあたりに駐屯したとき、狭山丘陵に続くこの原には水が無く、従者たちは八方に分かれて水を探した。そこへ突然、白髪の老翁が現れ、杖を叢の中に立てて「この地下を掘り参らせよ。さらば必ず浄水を得べし」と告げた。渇きに苦しむ従者たちが喜んでその地下を掘ると、水晶のような水が湧き出したので、一杯を尊に献じ、自分たちも喉を潤した。以来、里人はこの井を「日本武尊の御手洗井」と名付けて旧蹟として保存している。教え終えた老翁は風のように飄然と南の丘の方角へ去ったので、その丘を「向ヶ岡」と呼ぶようになったと言われている。

原典より

その「向ヶ岡」は、此所に井を掘ることを訓えた彼の老翁が、告げ終ると共に風のように飄然とその方角へ去つて行つたので、以来その丘のことを斯様に呼ぶようになつたのだと言われてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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