山口党の源平合戦での戦功
どんな伝承か
山口氏の遠祖は桓武天皇の曾孫高望王に始まり、平氏を賜って関東へ下った後、村山の地に住んで村山氏の祖となった頼任の系から出る。頼任の子家頼の子家継が、村山の北隣の山口の地に本拠を置いて山口小七郎平家継と名乗り、これが山口氏の祖となった。その一族による山口党は、同祖の村山党とともに武蔵七党に属して活躍した。寿永三年一月、頼朝の木曽義仲追討の際には村山・与野らの同族とともに奮戦し、同年二月の源平一の谷合戦でも、横山・児玉・猪俣・丹・河越・村山の諸党とともに少なからぬ戦功を立てた。文治五年七月の奥州藤原泰衡討伐では、山口家継と山口次郎兵衛が先陣に、山口小次郎が後陣に従って武勲を輝かせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))