練兵場の西を流れた戸板返しの小川
どんな伝承か
筆者が初めて青山練兵場を訪れた頃、そこは薄い雑草が赤土の起伏をわずかに包む荒れた原で、彼方には日本に稀な名木「ひとつばたご」の老樹が一株こんもりと茂っていた。江戸時代にこのあたりが青山六道辻に当たったので、その木は六道木とも呼ばれていたという。その頃はまだ千駄谷名物の「おなか団子」もあり、「四谷怪談」の舞台で観客を慄然とさせるあの「戸板返し」の小川も、茨と雑草に覆われて練兵場の西側をさらさらと流れていたと記されている。
原典より
其頃は、千駄谷名物の「おなか團子」もまだあつたし、「四谷怪談」の舞臺で観客を慄然とさせるあの「戶板返し」の小川も、茨と雑草に覆われて其所の西側をサラサラと流れてゐた。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。