海から引き上げた鉄尊神社の鉄の円盤
どんな伝承か
富津の金谷、金谷神社のかたわらにある鉄尊神社の御神体は、直径五尺ほどの鉄の円盤が四対六に割れたものである。日本武尊が奥州へ向かう軍船の舳先に付けた大鏡で、柄の跡が残るといい、船が沖で難破して長く海に沈んでいたのを後に引き上げたと伝える。文明元年六月、まだ葦の浦と呼ばれていた社の下の海で沖合が急に光り、大風と大波が六日六夜続いた。村人が金谷大神に祈ると、七日目に力自慢の若者が海中に鉄の円盤を見つけた。数十人で引いても動かず、産土神として祀ると誓うとその夜に円盤が割れ、七月一日に引き上げられた。以来この地は倉波から金谷と呼ばれ、円盤の沈んでいた所を釜が淵という。
原典より
金谷神社の傍にある鉄尊神社の御神体は、直径五尺、厚さ五分ほどの鉄の円盤が、四対六ぐらいに割れたものである。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。