大鮑に触れて海を荒らした海女
どんな伝承か
岩和田の海には、途方もなく大きな鰒魚が棲んでいる。二、三百年前に一度その姿を見た漁夫の話では、大雨傘を開いたほどの大きさであったという。鰒魚は岩和田の潮の渦巻く深みに棲むといい、里人は誤ってその身体に触れたが最後、海が荒れ起こると信じているので、海女たちは近寄らない。昔、鰒魚を探るのを生業とする美しい海女が、このあたりの漁夫と契りながら添えずにいた。海が荒れれば男が側にいられると知った女は、鰒魚の鰭に触れて幾度も海を荒らさせた。しかしある日、男の船が戻らぬのを案じて自ら荒海へ船を出すと、鰒魚のいるあたりで船は進まなくなり、そのまま穴へと引き込まれていった。岸の男も他の海女も、どうすることもできなかったという。
原典より
此の海(岩和田)には素よりないほど大きな鰒魚が棲んでゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。