草取二王
どんな伝承か
庁南町の報恩寺に安置されている二王は、もとは同郡蔵持の路傍に堂もなく建っていたものである。その二王門があったという処には、今も道端に礎石だけが残っている。まだ二王が蔵持村の道端に野晒しのまま残されていた頃のこと、仁王の御在所は老若男女の別なく毒を極めた疫病に襲われ、村民はことごとく農事を廃さねばならなかった。やがて病魔が去り、村人が荒れているはずの田畑へ出てみると、雑草が一草もなく取り去られ、豊作を待つばかりであった。不思議がって仁王の堂まで来ると、仁王の御手には一面に泥が塗られ、田には大きな足形が残っていた。以来この二王を草取仁王と称し、信仰がいよいよ厚くなったという。
原典より
廳南町の報恩寺に安置してゐる二王は、往時、同郡蔵持の路傍に堂もなく、擺り二王ばかり建つてゐた跡に安置されてゐた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。