和田義秀の末孫と伝える名主の家
どんな伝承か
曦町に名主の和田右衛門という家があり、里伝に和田三郎義秀の末孫だと伝えている。系図は残さないが、和田一族滅亡の時に房州へ下って住み着いたという。『鎌倉大草紙』の和田滅亡の条には朝夷名三郎義秀が船で安房国へ走ったとあり、『前賢故実』も義秀が三族の滅亡後に兵五百を率いて船で安房に至り、行方が知れなくなったと記す。こうした記事が稗史の種となり、馬琴の『朝夷巡島記』は朝夷名が安房に住んだとする筋を練ろうとしたが、完結を見ずに没した。物語中で朝夷名が小人島を訪れる図が出たことから、いつしか小島の夢想伝説と結びつき、幕末の庶民はそれを真面目の物語のように語り継いだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。