逃げ場を失い自害した武士の十三塚
どんな伝承か
古人見の字十三塚には、東西に十三の塚が並び、それと直角に六つの塚が連なっていて、十三・六ツ塚と呼ばれた。昔、六人の武士が十三人の武士を追ってここまで来て戦ったが、背後は敵、前は湖で逃げ場がなく、自害した場所だという。今は十三塚のうち二つと、大塚の南端にある最も大きな一つが残るだけで、その南端の塚の上には方泉坊という小さな祠が立ち、紺屋という家が祀っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。