雪形の駒が招いた南部の不作
どんな伝承か
岩手山の西にあり、春の雪解けの頃に盛岡の方から眺めると、馬の前身のような形が黒く浮かび上がる。昔、東の国の領主が馬が少ないため秋田で馬を買い、連れ帰る途中、仙北郡生保内の山を越えたところで馬がひときわいなないて倒れたという。その後、毎年春になると駒の姿が山に現れるようになり、南部領は不作が続き、秋田は米どころとなった。駒が南部の草を食い、尻を秋田側に向けているからだと語られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。