忠不忠を占う庄司戻桜
どんな伝承か
治承四年十月、信夫の庄司佐藤元治は、嗣信と忠信の二人の子を義経に従わせるため、関まで見送りに出た。子らに名を辱めるなと戒めたうえで桜の枝を地に挿し、わが子が君に忠であるならこの枝は生きよ、もし不忠であるなら枯れよと言ったという。桜はその後よく茂り、庄司戻桜とも呼ばれた。ただし今は枯れて残っていない。西白河郡誌に載る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。