質子と乳母が身を投げた城下の池
どんな伝承か
松代の丙曲輪殿町、青木某の屋敷内に、今も小さな池の形が残っている。天文のころ、村上氏の降将であった楽岩寺右馬助は、小山田備中守に従って海津城に詰めていたが、越後の上杉氏と内通していたことが露見して滅ぼされた。そのとき人質として置かれていた子が乳母とともに逃れ出たものの、ついにこの池へ身を投げたという。のちに怪しいことが続いたので、八幡を祀って鎮めたと伝える。
原典より
今は丙曲輪殿町青木某の邸内に小池の形を残してゐる。—— 日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。