大力の男が築いたと伝える姥塚
どんな伝承か
東八代郡英村の井上、南照院の境内に姥塚と呼ばれる塚がある。右左口山に住んだ谷間某という大力無双の男が、後世に名を残そうと大石を集め、五百三十八人を使って築いたものだという。一方で姥塚は御馬塚がなまった名で、甲斐の黒駒を葬った跡だとも、聖徳太子が甲斐の国衙に滞在した折に愛馬が病死したので埋め、自作の観音像と薬師像を納めたのだともいう。境内には太子の鞍掛石と呼ぶ石も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。