ごめんやすを名乗りと思った男
どんな伝承か
高知と後免の間に電車が通じたのは明治四四年のことだったという。開通式の日、「後免の安」と「赤岡の熊」という二人が初めて電車に乗ることになった。見物人をかき分けながら「後免の安」さんが「ごめんヤス、ごめんやす」と言って乗り込むと、「赤岡の熊」さんも名乗らねばと思い、後に続いて「赤岡の熊、赤岡の熊」と言いながら乗り込んでいったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 12 写真の怪・文明開化(松谷みよ子・現代民話考(立風書房)第十二巻・1996年(平成8年))
『現代民話考 12 写真の怪・文明開化』は、松谷みよ子が一九九六年にまとめた現代民話の資料集で、同シリーズの第十二巻にあたる。雑誌での呼びかけやアンケート、聞き書きで寄せられた話と新聞・雑誌の記事を、心霊写真をめぐる怪異と、明治以降の電信・汽車・電気燈などの新しい文物や流行病に戸惑う人々の話に分けて収める。話例ごとに本文を掲げて各地の類話を分布として並べ、話者や回答者の名と出典を添える。