松の枝に掛かった天狗の卵
どんな伝承か
明治の初め、笛付きの薄いゴム風船が横浜に初めて輸入され、人々はその不思議さに驚いた。ある商館の手代がこれに水素ガスを詰め、長い糸で庭先に揚げておいたところ、強い風で糸が途中から切れ、はるか遠くへ飛んでいってしまった。その日の夕方、仕事を終えて家路を急ぐ本牧の漁師四、五人が十二天の松並木を通りかかると、大きな松の枝にその風船が引っかかっている。漁師たちがこれは天狗の卵に違いないと噂したため、珍しがった人々が次々と見物に押し寄せ、黒山の人だかりになった。翌朝にはガスがすっかり抜けて風船はしぼんでしまい、見物人たちは、天狗は産んだ卵を放っておいて死なせてしまった、薄情なものだと言い合ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 12 写真の怪・文明開化(松谷みよ子・現代民話考(立風書房)第十二巻・1996年(平成8年))
『現代民話考 12 写真の怪・文明開化』は、松谷みよ子が一九九六年にまとめた現代民話の資料集で、同シリーズの第十二巻にあたる。雑誌での呼びかけやアンケート、聞き書きで寄せられた話と新聞・雑誌の記事を、心霊写真をめぐる怪異と、明治以降の電信・汽車・電気燈などの新しい文物や流行病に戸惑う人々の話に分けて収める。話例ごとに本文を掲げて各地の類話を分布として並べ、話者や回答者の名と出典を添える。