和田山に聳えた天狗松の枯死
どんな伝承か
明治の終わりごろまで、和田山の北側は一面の畑で、西南の一部に茶園があり、その先の斜面には小松が茂っていた。南側の一角には天狗松、あるいは一本松と呼ばれた大きな老松がそびえ立ち、近在に知られた名木であったが、昭和五年ごろに枯れてしまった。この和田山は明治三十六年に井上円了が譲り受けて哲学館の敷地となり、四聖堂や六賢台が建てられて哲学堂となった土地である。のち昭和十八年八月、円了の嗣子である井上玄一が故人の遺志にもとづき敷地を東京都へ寄贈し、公園として使われるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。