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里へに恋して割腹した田辺万吾

所在地千葉県長生郡一宮町新地
年代伝承(口承)
登場田辺万吾、里へ、井上元信、五左衛門、孫惣衛門、里へに恋し刃傷の末に自害した男(本名万五郎)、名主五左衛門の女中・元信に嫁いだ女性、新地の医師・里への夫、中里の名主・婚約の仲介者、船頭給の名主
出典白子町史

どんな伝承か

五井村の源兵衛の次男に生まれた田辺万吾(本名は万五郎)は、中里の名主五左衛門の家で働く、真亀村生まれの評判の美人の里へに恋をした。ところが里へは、船頭給の名主孫惣衛門の申し入れと五左衛門の取り持ちで、新地の医師井上元信のもとへ嫁ぐことが決められていた。明和五年の秋、万吾は里へを連れて江戸へ逃げたが、探しに来た者に見つかって連れ戻された。その年の暮れ、婚礼の夜の道中で里へを奪おうとして果たせなかった万吾は、元信の家に忍び込み、湯に入っていた里へに切りつけた。騒ぎのなか近くの松林へ逃げ込んだ万吾は、迫る追手の前で名を名のって腹を切った。船頭給には寛政二年に建てられた万吾の供養碑がある。

原典より

忽ち大騒ぎとなって、万吾は附近の松林中に逃込み、四囲から迫る追手の前で「田辺万吾は男でござる」と大音声に叫びながら、割腹自殺を遂げた。—— 白子町史 より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

白子町史

『白子町史』は、千葉県白子町の歴史を記した町史である。一ノ荘、五井、驚村、南白亀、観音堂などの地名の由来、源頼朝の駒止橋や御殿山の伝説、宝暦の新川開鑿、驚獅子の雨乞い、田辺万吾や皆川検校の事績、お塚山の伝承を、由来記や家の文書、村誌を引いて記す。地名と伝説を十三の項に分けて述べ、続く第五節には常福寺のらかんまきや白子神社のなぎなどの天然記念物を図とともに載せる。

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悲恋刃傷割腹供養碑

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