亀に乗って糸崎浦に来た禅海上人
どんな伝承か
坂井郡糸崎浦の真言宗糸崎寺は、養老年間に泰澄大師が開いたと伝える。帰雁記や名勝志によれば、唐土の育王山の禅海上人が天平勝宝八年に千手観音のお告げを受け、亀の背に乗って糸崎浦に着き、本尊の十一面観音を安置した。そのとき海上は七日七夜光り輝き、菩薩や聖衆が来迎し、波打ち際の松には夜ごと龍燈が立ったという。朝廷からも勅使が遣わされて拝ませたと伝わる。
原典より
その時は、海上七日七夜光明に耀き、菩薩聖衆も来迎し、汀の松には夜に龍燈が立つたといふ。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。