土持の姓を賜った墓の中の子
どんな伝承か
鹿児島の土持氏の由来として、幽霊が飴を買う話が『はやひと』に見える。墓の中から生まれた子に、殿様が「土持」の姓を与えたという。その墓は鹿児島市樋之口にあり、この土持氏の子孫は今も西田橋のそばに住んでいるとされる。昔は人を葬るとき棺に七文ずつ入れたので、土持氏の母はその銭で七日のあいだ飴を買いに来たのだろうと考えられ、身重の女を葬るときには胎児の分として別に苧桶を入れたとも言われる。同じ書によれば墓地は南林寺で、幽霊の女が消えた墓は久永という家の墓であり、久永の家は古道具屋だったという。
原典より
土持氏の由来としてこの幽靈飴の傳説の纏綿してゐるのが、「はやひと」二ノ三に見え、墓の中から生れた子供には「土持」の姓を殿様が下さったといつてゐる。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。