蝉丸が奏でた月夜の琵琶橋
どんな伝承か
ずっと昔、木曽から入る仁科街道は洗馬を経て安曇の仁科へ通じていた。洗馬で奈良井川を渡る所に架けた橋は、両岸の岩盤が堅いことから隈の岩橋と呼ばれていた。あるとき都から長旅の末に琵琶法師が訪れ、思い描く曲を奏でたいと幾日もとどまり、ある月夜にようやく幽玄な曲を弾きこなして、再び都へ旅立った。その話を聞いた人々が岩橋を琵琶橋と改め、法師は天下一の琵琶の名手蝉丸だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第3巻 3 (中信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第3巻(三) 中信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち中信地方の巻から、伝説の章を抜き出したものである。木・石・水・塚・坂と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などに分けて、松本・塩尻・安曇野・大町・北安曇・木曽に伝わる言い伝えを短い条で並べる。抜き出しの際に多くの条から採集地の表示が落ちており、土地の名が本文に書かれない条も少なくない。