貞任が幌を下ろした幌脱山
どんな伝承か
上有住の南西、東峰山と幌脱山の一帯は、康平年間に安倍貞任と源義家が戦った跡と伝えられる。衣川の柵で敗れて逃れてきた貞任は幌脱山に陣を張り、追ってきた義家は東の東峰山に陣取ったという。山の名は、落ち延びた貞任がここで幌を下ろした、幌を脱いだことから起こったとされる。切り立った険しい山で、義家もここでは苦しい戦いを重ね、多くの部下を失ったと伝わる。東峰山のふもとの小台沢には、義家が鞍を置いて休んだという鞍置山の名も残り、近くからは明治から昭和の初めにかけて矢じりや鉄、土器が地表に出てきて、土地の人々に昔をしのばせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
住田町史 第6巻 (民俗編)(住田町史)
『住田町史 第6巻(民俗編)』は、岩手県気仙郡住田町の町史の民俗編から、伝説の節を抜き出したものである。地名・石や岩や水・長者や旧家・社寺や祠堂の四つに分けて、山姥のような老婆と和尚の大股・小股、石にされた姥、河童の頼んだ手紙、櫃割長者の大蛇、座敷わらしなどの言い伝えを収める。世田米・上有住・下有住の集落や山に結びついた話が中心である。