雨を呼んだ雨曳山観音寺
どんな伝承か
寛文八年、国じゅうがひどい日照りに見舞われ、五月から八月まで雨が一滴も降らず、木も作物も枯れ果てた。領民を救う手立てを思い悩んでいた領主の松平遠江守は、ある夜、長福寺の観世音に祈れば必ず応えがあるという夢のお告げを受けた。村人を連れて参り祈ると、たちまち雲がわいて雷が鳴り、激しい雨が三日三晩降り続いて作物はよみがえった。この霊験にちなんで山号を改め、領主の筆になる雨曳山観音寺の名を授かったという。それ以来、四月二十三日の花見と八月九日の祭りの日には決まって雨が降り、寺の前を馬に乗ったまま通ると落馬するともいわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第4巻 3 (北信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第4巻(三)北信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち北信地方の伝説の章を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・沢と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌の順に、条ごとに採集地を添えて短い伝えを並べる。戸隠の鬼女紅葉、黒姫と大沼池の大蛇、久米路橋の人柱、秋山郷の平家伝説など、善光寺平から奥信濃にかけての土地に結びついた話が多い。