小祠を集めて凶作となった天神さま
どんな伝承か
天神という所に、真田・十林寺・石舟の三区が四月二十五日に祭りをする天神がある。ここは昔、真田氏の家臣河原氏の屋敷神があった所と伝わり、周囲は広い田で「天神沖」とも呼ばれる。明治の初め、あちこちの小祠をここに集めたところ、その年は米が一粒も実らなかったので、元の場所へ戻したという。また昔、敷地の中に大きな松があり、その二代目も今は枯れたが、武田信玄の家臣山本勘助が植えたものと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第1巻 3 (東信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第1巻(三)東信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち東信地方の伝説と世間話を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などの伝えを、条ごとに採集地を添えて収める。双子池や白駒の池の主、望月の駒、甲賀三郎、ごまを作らない村々の禁忌、京の岩・宮下・菱野村の七不思議など、佐久・小県の土地の伝えが並ぶ。