何度も流れ着いた脱衣婆の像
どんな伝承か
大畑町正津川の優婆堂には、脱衣婆の像が一体祀られている。昔この像は恐山の三途の川のほとりのお堂にあったが、ある年の大水で流され、松の枝に乗って正津川の集落に流れ着いた。驚いた村人が拾い上げて恐山へ送り返したが、次の洪水でもその次の洪水でも流れ下ってきたので、ここにいたいのだろうと正津川にお堂を建てて祀ることになったという。菅江真澄も寛政四年の冬にこの村を通り、慈覚大師の作だから狼もムジナも村に入らず狐狸に化かされる者もいないと村長に勧められて、雪を踏んで拝みに行ったと記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
むつ市史 民俗編(むつ市史)
『むつ市史 民俗編』の口承の章から、下北に伝わる伝説と世間話を抜き出したものである。苫生野や田名部川の口碑、蠣崎氏や落人の宝の伝え、恐山の開基と天狗・霊話、常念寺の仏、横迎町の竜神と河童、行人塚、半太窪、飯綱の噂、奥内・関根・大湊・田名部の狐の話などを収める。菅江真澄の紀行の記事を引きながら、むつ市とその周りの土地の伝えをまとめている。