七人の娘が山へ去った春日の長者原
どんな伝承か
春日の長者原には昔、一人の長者が住んでいた。屋敷を囲んで植えたらしいつぎの木が、今も四角くきちんと並んで残り、長者が使った井戸も二つある。長者には七人の娘がいたが、成長すると皆山へ登り、誰も嫁がなかった。二人は蓼科山、一人は浅間山、一人は八ヶ岳、二人はアルプス、一人は荒船山へ行き、蓼科山の二人は双子池の蛇池と牛池の主になったという。長者は嘆いて長者原を去る際、東の沢の葦を一本抜き、長者原が開けるまで穂を出すなと言い残した。今もその辺りの葦は穂を出さないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。