飢饉の捨て子を弔う六地蔵
どんな伝承か
天明の大飢饉のさなか、我が子を養えなくなった親たちが、生まれたばかりの赤子を三合の松の根もとへ置き去りにしたという。拾われて命をつないだ子もいたが、多くは飢えて死んでいった。その霊を慰めるために、この地に六地蔵が建てられたと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。