盗人厩の山犬と七夜の祝い
どんな伝承か
八坂村では明治十年ごろまで山犬があちこちに現れ、通る道もほぼ決まっていたという。三原にある盗人厩という八畳ほどの土の洞穴で、山犬は子を育てたと伝わる。近くの切久保の村は馬を多く飼っており、朝早く馬を引いて畑へ出ると、山犬がいるときは馬が鼻を鳴らして動かなくなった。親子の馬が遊んでいると山犬の子に追い散らされることもあった。そうしたとき村人は庄屋と相談して山犬の七夜の祝いをし、田作りを添えた小豆飯を俵ばあせに盛って巣穴の口へ届けた。残さず食べれば無事だが、食べ残すと火の災いがあるとしてやり直したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
八坂村誌 民俗編・民俗編資料
『八坂村誌 民俗編・民俗編資料』の口頭伝承の節から、伝説と昔話を抜き出したものである。長野県大町市八坂(旧北安曇郡八坂村)の大姥山と鷹狩山の山姥・金時の伝え、池の主と大蛇、城跡と長者屋敷、狐・狸・むじな・山犬・天狗・河童の話、社寺の由来、雨乞いの伝えなどを、集落ごとの聞き書きで収める。犀川の谷あいの山村に残る、山と獣と水にまつわる話が中心である。