安然大師の読経と小岩沢の子安観音
どんな伝承か
安然大師は山寺を開いた慈覚大師の一番弟子で、高畠町時沢で亡くなったと伝わり、二井宿の小湯山や観音岩、時沢の大師岩も大師が開いたとされる。大師が大勢の弟子を連れて小岩沢を通った時、一行にいた長者の妻が急に産気づき、皆がうろたえた。大師は騒ぎを静めて岩の上に座り、経を唱え始めた。その声が森に響きわたるうちに妻の苦しみは和らぎ、弟子たちが脱いで敷いた着物の上に、まるまるとした子が無事に生まれた。長者は大師の徳をたたえ、その岩陰に子安観音をまつった。これが小岩沢の子安観音で、それ以来村には病む子がいなくなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南陽市史 民俗編
『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。