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六部が建てた大仏の板碑

所在地山形県南陽市
年代伝承(口承)
登場(類話)
出典南陽市史 民俗編

どんな伝承か

昔、吹雪の中で行き倒れかけた六部が、大仏の百姓家に宿を求めた。家の者はすぐナスの木を囲炉裏にくべて温め、六部はようやく息を吹き返した。しばらく世話になった六部は、礼に阿弥陀の功徳を近くの村人に説いて去った。何年か後に礼を言おうと立ち寄ると百姓はすでに亡く、六部は塔を一基建ててその霊を弔った。これが板碑だという。別の話では、その家の主人が伊勢参りの帰りに宇都宮辺りの宿で、大仏で吹雪に遭って助かったと語る六部に出会ったともいい、その六部が後に塔を建てたとも伝わる。さらに六部が時庭の七本仏を運ぶうち、最後の一本で夜が明け、大仏に置いていったという話もある。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

南陽市史 民俗編

『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。

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