法螺貝が抜け出た午年の大水
どんな伝承か
明治三年の夏、晴れていた空がにわかに曇り、水沢山に黒い雲が湧いて激しい雨になった。滝沢川はあふれ、対岸で畑仕事をしていた半田の農民は、まる二日のあいだ家へ戻れなかったという。このとき水沢では大きな岩が崩れ落ちた。半田では、その岩に棲んでいた法螺貝が大水に乗って海へ出ていったために起きたのだと語り伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。