斬られた山伏と絶えた番士の家
どんな伝承か
仙台城下の東郊に広田甚八という番士がいた。片意地で酒乱の癖があり、あるとき酒盛りの最中に山伏が戸口で法螺貝を吹き鳴らしたのに立腹して言い争いとなり、逃げる山伏をどこまでも追いかけ、路傍の肥溜に落ちて命乞いをするのも聞かず一刀のもとに斬り捨てた。無礼討として咎めはなかったが、甚八はますます酒乱と狂気が募り、座敷牢に閉じこめられて狂い死にした。のち息子が江戸番馬上の役を得て出立する前日、一人の山伏が訪れて、みんな亡んでしまったと思っていたに、と言い残して消え失せた。江戸へ上った当主は失明し労咳を病んで没し、子二人も幼くして死に、未亡人も不慮の禍で亡くなったという。
原典より
昔、仙台城下東郊に広田甚八という番士がおった。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承