若死にが続く片岡家と金神封じ
どんな伝承か
片岡次郎四郎が笠井吉夫に語ったところによれば、上道郡才崎村の片岡家では父の代からどういうものか女子の若死にが絶えなかった。先祖代々判頭を勤め、村のために励みこそすれ悪事をした者もないのに不幸が次々と折り重なる。そこへ長男の槌衛が四歳で病にかかり、医者を替え薬を替えても効なく危篤に陥った。村人は西大寺の午王神へ裸詣りをし、氏神にお百度を踏んでくれた。近所や親戚が修験者に祈祷を頼むと「こりゃァ金神の祟りじゃ」と言われ、金神避けや金神封じの秘法を修したが、槌衛の幼い命は消えてしまったという。
原典より
また、近工親戚の者がある修験者に病魔退散の祈祷や禁厭を頼みに行きましたところ、「こりゃァ金神の祟りじゃ」云うて、さっそく金神避けや金神封じの祕法を修して呉れましたそうで。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。