両眼を開く政宗の木像と遺言
どんな伝承か
伊達政宗は寛永十三年四月十八日、ホトトギスの鳴き声を聞きに経ヶ峰を訪れ、声を聞けぬまま休憩したとき、随行の奥山大学に「死んだらこの辺に埋めよ」とつぶやいたという。遺言どおり政宗は経ヶ峰に葬られ、のちに二代忠宗によって霊屋瑞鳳殿と瑞鳳寺が建てられた。その本殿には政宗の木像があるが、幼いころ疱瘡の毒で片眼をつぶし独眼竜と呼ばれた政宗は、親からもらったときは五体満足であったから死後に像を造るなら両眼をあけよと家臣に伝えており、その遺言によって木像は両眼を開いていると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集