大水が運び大水が奪った大石
どんな伝承か
明治年間、一説には明治三年に午王沢があふれた際、上流から西田の田んぼへ畳二枚ほどの大石が流れ着いたといわれる。村人はこれを大石と呼んで親しんでいたが、昭和二十三年の大水害で流されてしまった。割られてなくなったともいわれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。