光る御神体を迎えた居宿彌の家
どんな伝承か
天明三年の浅間山の泥流で、甲波宿禰神社の御神体は押し流され、利根川下流の河原に埋もれてしまった。ところが夜になると光を放っていたので、川島の村人がそれを見つけて迎えに行き、ひとまず飯塚家に落ち着けてまつった。天明五年に社が今の場所へ建て直されると、御神体はそこへ鎮まった。その後、神様が一時とどまった家として飯塚家は居宿彌と呼ばれ、やがてなまってイシグネと呼ばれるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。