せば淵の河童と諏訪藩の接骨医
どんな伝承か
せば淵へ越してきた河童の一族が、仲間入りの宴を開こうと考えた。ごちそうに馬の尻子玉を狙ったが、川で洗われる馬に蹴られて果たせず、淵のそばのしちろうべえの家の便所に潜んで人を狙った。折しも諏訪の殿様が蓼科高原へ狩りに来て、武士がこの家に泊まっていた。夜、便所で下から手が伸びたので武士が刀で切り払うと、毛深い腕が残った。武士が腕を押し入れにしまうと、河童が詫びに来て返してほしいと願った。人に悪さをしないと誓わせて返すと、河童は礼に腕をつなぐ術を夜明けまでかけて伝えた。武士はやがて諏訪藩お抱えの接骨医となり、立木家として今に続くという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第5巻 総説 1 (概説)
『長野県史 民俗編 第5巻 総説1(概説)』のことばと伝承の章から、伝説の節を抜き出したものである。長野県全体の伝説を、デーラボッチャ・小泉小太郎・甲賀三郎・黒姫・八面大王・鬼女紅葉・ものぐさ太郎・弘法大師・白米城・早太郎・猫檀家・かっぱ・逆さ木・池の主・人柱・首塚などの題ごとにまとめ、本話のあとに県内各地の類話を地名つきで並べる。県史の地域編と重なる話も多い。