日照りに水を引いた朝日地蔵
どんな伝承か
嘉永六年、三照・倉沢・高寺の三村が日照りに苦しんでいたとき、高寺堰で誰かが水を引くため走り回っていた。おかげで高寺の村人は災いを免れた。村人はこれを朝日地蔵、また水引地蔵と呼び、地蔵のおかげだろうとして、その年の十月一日に神楽を奉納したという。
原典より
嘉永六年三照、倉沢、高寺の三村が旱魃に悩んでゐるとき、高寺堰に何者か水引に奔走せるものがあつた。—— 日本伝説名彙2 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙2
柳田國男監修『日本伝説名彙』の後半にあたる部分で、全国の伝説を地物の種類ごとに分けて集めた名彙である。塚の部(糠塚・七人塚・首塚・十三塚など)、坂・峠・山の部、谷・洞の部、屋敷・城趾の部(長者屋敷・朝日長者・白米城など)、祠堂の部(地蔵・薬師・観音・天神・八幡・稲荷・宮など)の各題の下に、府県・郡・村の所在地を頭に置いて各地の伝えを短く並べ、多くの条に出典の郡誌・伝説集の名を添える。