便所で斬った河童の手と接骨の秘法
どんな伝承か
筑前の朝倉郡秋月から西北へ一里半余り隔たった所に、阿弥陀ヶ峯という村がある。昔この地に某という医者が住んでいた。夜、便所に行くと怪しい者がぺろりぺろりと尻を撫でる。一度ならず続いたので、恐ろしさに刃物を持って便所通いをするようになった。ある晩、意を決して斬りつけると手応えがあり、灯をかざして見ればまぎれもなく河童の手であった。それから毎夜、戸外で河童が手の返還を求める声を聞かねばならなくなった。返してもどうにもなるまいと言うと、河童は、骨を接ぐ奇妙な方法を知っている、返してくれるなら接骨法を教えよう、と答えた。手を返すと河童は秘法を授けて立ち去った。阿弥陀ヶ峯の接骨医は今も遠近に知られている。
原典より
燭をこらせてよく見ればまがひなく河童の手である。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。