平家の姫が大鯰となった雨乞いの淵
どんな伝承か
筑後の山門郡山川村に雨乞いの淵と呼ばれる所がある。壇ノ浦で敗れた平家の落武者がひそかに筑後へ入り、飯江川の上流に隠れたが、源氏に追われて残ったのはわずか六人だった。五人は肥後の五箇庄へ逃れ、一人は障子ヶ岳のふもとに隠れて平村を開いたという。落武者と行動をともにした一人の女性は中原の谷に隠れたが、追及が厳しく、平家塚の東十町ほどにある高い滝の深い淵に身を投げた。入水した姫は今も大鯰となって淵の底に住むといい、南側に姫の霊を祀る七霊社がある。日照りには村人が社に詣で、牛の木像を淵に投げ込んで雨を乞えば必ず験があるという。
原典より
そして旱魃の際には村民この社に詣で牛の木像を淵に投じて雨を乞へば必ず験があるこ傳へられて居る。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。