怪猿を倒した犬・般若の犬塚
どんな伝承か
肥後玉名郡伊倉町の東方ほど遠からぬ所に古い犬塚がある。二百年ほど前、玉名の平野は年々豊かに実ったが、収穫の頃になると夜ごと田畑がひどく荒された。神の祟りとされ、毎年乙女を人身御供として森へ捧げる事が繰り返された。ある年、庄屋の娘がその選に当たった夜、犬を連れた行者が一夜の宿を求めて来た。行者は娘の身代わりに犬を白木の箱へ入れて森へ送った。現れた怪物が丹波の般若に告げるなと言って蓋に手をかけると、犬が飛び出して組み伏せ、相討ちに斃れた。怪物は年経た怪猿で、犬は丹波の山寺の猛犬般若であったという。今は犬薬師と改められ、練嫁と称する古風な参拝の式が行われる。
原典より
そして愁嘆に打しめつて居る庄屋の話を聞き娘の身代につれて居た犬を白木の箱に入れ森に送つた。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。