鶏鳴で逃げた鬼の高良山神籠石
どんな伝承か
筑後三井郡の高良山をめぐる神籠石については、学者の間で防人や烽火台の跡、牧場の囲い、古墳の区画、城の跡、有力者の屋敷跡など様々な説がある。けれども土地の言い伝えはごく素朴で、これを鬼の城だという。ある日鬼が現れ、高良の神に神域を譲ってほしいと願った。神は、一晩のうちに城を築き上げたら内側の神域をすべて与えようと約束した。鬼は喜んで勢いよく石を積みはじめたが、仕上がらないうちに夜が明けて鶏が鳴いたので、積みかけの石垣をそのままにして逃げ去ったという。
原典より
鬼は喜んで非常な意気込で築城にこりかつたがまだ出來あがらぬ中に既に暁に及び鶏鳴が聞えたので築いた石壘をその儘にして逃げてしまつたこいふのである。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。