神浅茅原で大物主神が憑いた姫
どんな伝承か
崇神天皇の世に国じゅうで災いが相次いだため、天皇は神浅茅原に出向いて八百万の神を集め、占いで神意を問うた。すると神が倭迹迹日百襲姫命にのり移り、自分を敬って祀れば国は必ずおのずと治まると告げた。天皇が名を尋ねると、倭の国の内にいる大物主神だと名のった。天皇はお告げに従って祭ったが、効き目は現れなかったと日本書紀は記す。著者はこれを、神浅茅原で催された交霊会で姫命が憑かれた形となり、自働的に言葉を発した例とみて、日本の降神会の始まりと位置づけている。
原典より
すなわち、神浅茅原で八百万神を祭って交霊会を催されたので、その時姫命が憑かれた形となって、自働言語を発せられたのである。—— 心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年))
『心霊現象の科学』は、小熊虎之助が心霊現象を科学の立場から論じた研究書で、序とあとがきに昭和四十九年四月の日付がある。コックリ・自働書記・読心術・憑きものなどを心理学で説ける偽心霊現象とし、精神感応・交霊・千里眼・心霊物理現象を真実の心霊現象として心霊現象研究会の報告から吟味する。福来友吉が能力者とした三船千鶴子・長尾夫人・高橋夫人・三田光一の透視と念写は山川健次郎らの実験と照らして疑い、あとがきでは井上円了以来の研究史を概説する。