踊りから戻ると見知らぬ嫁
どんな伝承か
踊に呑まれて何日も家を空けていた作爺さんが、七草の頃にようやく我に返って戻ると、上り口に見ず知らずの丸髷の女が坐り、おしとやかに着物を縫っていた。家を間違えたと思って飛び出したが、庭先の曲がった柿の木まで自分の家と少しも違わない。倅に好いた女がいると聞いていたのを思い出し、踊のどさくさに紛れて連れて帰ったのだろう、倅の好きな女ならええぢゃないかと思い直して土間へ踏み込み、「おまいお品か」と声をかけると、女は丁寧に挨拶を返したという。
原典より
作爺さんが踊からやつと我に返つて、何日ぶりかに自分の家へ戻つて來たのは七草の頃だつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。