姉妹の入水が生んだ姉沼と妹沼
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どんな伝承か
奥州の果て、上北郡の湖は小川原湖と総称されるが、土地の者は姉沼、妹沼と呼ぶ。文治二年、京都の公家が仲間に陥れられてみちのくの果てへ配流となり、やがて便りが絶えた。母を京に残した二人の娘は、家来の山中兵部と駒沢右京を供に父を探して上北郡の三沢の里まで来たが、里びとは五、六年前までは見かけたがその後は分からぬという。落胆した姉妹は二手に分かれて探し、姉は小川の畔で身を投げ、注進を受けた妹も回向にきて入水した。すると小川はたちまち広がって大きな湖となり、二人の入水したところに境ができて二つの沼に分かれた。二人の家来は髪を剃って菩提を弔い、ここには今も沼崎観音がある。
原典より
九番 草鞋の怪・27二一番 せいろ・・・・・・・・43三四番 牛の首・・・・・・・58一〇番 ウワン・・・・28二二番 仙台ワラシ・・・・・・・・・44三五番 片眼魚………………59一一番油嘗赤児………………29二三番…—— 東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承
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東北町の伝承
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